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Metonymical Deflection

ゆるく日々のコト・たまにITインフラ

絶対の絶対度

日々、色んなことをおもう。


こういう余裕があると「生きている」って実感できるから好き。
今は生き急ぐようなことはしない。


もちろん大学の予習復習や課題で忙殺されているんだけど、
オレ自身以外の責任が伴わないから仕事と比べると楽ですw


仮にミスったからといって損害賠償とか請求されることはないし。
ようするに、胃がキリキリと痛むような切迫感は皆無に等しい。
漠然とした不安は残っているけどね(^^;


なので、何か取りとめのないことをつらつら書こうと思う。
「論」にまでは昇華できないけど「おもう」ことはあるので、
ツイートで流れないようにするためにも、きちんと残しておきたいのね。


ってことで、最初のお題は「絶対の絶対度」


ちょっとした会話の中で登場するような

  A「明後日までにレポート仕上がるかな?」
  B「それって絶対無理じゃね?」

的な言葉。


湯川秀樹(敬称付けるなら「様」だよね)が放った

  『核兵器は「絶対」悪である』

って言葉。


同じ「絶対」でも、「絶対の度合い」はちょっと違うと思う。

 
自分でも気を付けるようにしてるけど、
ついつい使ってしまう「絶対」という言葉。
でも、エンジニアとしてはあんまり乱用したくはない。


だから「絶対」ってことについて考えてみた。


『この世に「絶対」なんてことは、何1つ存在しない。』と
言い切って良いものかは、また別な議論になりそうだけど、
恐らく間違いなさそうな気がしているのも確かなんだよね。


もう少し厳密に言うと、

  『前提条件が存在しない「絶対」なんてことは、何1つ存在しない。』

になるのかなぁ。


なぜならば、

  「認識」

もしくは

  「モノサシ(尺度)」

もしくは

  「定義」

といったような概念が人間社会にある以上、
「絶対」と言い切れるモノは、相当限られてくるだろうと思う。


例えば、
時間であればセシウム原子時計などを用いた「1秒」の定義が必要になる。
でも「定義」された時点で、それと同時に「絶対」ではないことを証明している。


なぜなら

  「絶対」とは定義の必要が無いこと

だから。


この時点で既に論理が破綻していることは自分でも
認識しているんだけど続けることにしよう(笑)
ようするに卵と鶏の話に限りなく近づいてきたってこと。


『「絶対」とは定義の必要が無いこと』と定義した時点で、
「絶対」というモノが限られる(≒存在しない)と言えると思う。


高校のとき物理の先生からこんな質問をされたことがある。

  先生「ガラスは、固体か?液体か?」
  オレ「固体です」
  先生「本当に?絶対?何でそう言い切れるの?」
  オレ「絶対です。(窓ガラスをコンコン叩いて)だって、これ固体じゃないですか?」
  先生「今はね。確かに固体に見えてるよね。」
  オレ「えぇ。」
  先生「じゃあ、数万年とか数十万年という尺度でも同じことが言えるの?」
  オレ「いやぁ(汗)」
  先生「その窓ガラスが10万年後にそこにあるとしたら融け出して床に落ちてるよ。」
  オレ「そうなんですか?」
  先生「そう。君の回答には前提条件が抜けている。もし絶対と言いたいなら、前提条件が必要と考えておいて間違いはないよ。」


17〜18歳くらいのオレには「何言ってんだよ?」としか思えなかったんだが、
今なら「おっしゃる通りでございます。」って思う(^^;


エンジニアをやってて「絶対」って言葉の絶対度は
人によって異なるということが理解できるようになってきた。
もちろん「絶対」って言葉の危険度も充分承知した。


少なくても自分の中での認識が相手と一致しているとは限らない以上、
「絶対」という言葉だけが独り歩きすることがあるということを痛感している。


だからこそ、エンジニアなら「絶対」という言葉を使わずに起こり得る事象に対して、
きちんとした対応なり説明なりができるようになりたいわけですよ。